指導のこだわり

まなぶ、わかる、できる

あおもり日本語学校では、「まなぶ」「わかる」「できる」の三段階で学生を伸ばします。

まなぶ

 何かを切断する意味を持つ動詞「切る」はキャベツを切る、ケーキを切る、髪を切るのように使うことができます。「切る」の典型的用法を知っている人は「縁を切る」「電話を切る」はかろうじて理解できるでしょうが、果たして「トランプを切る」「ハンドルを切る」「水気を切る」は理解できるでしょうか。遊んでいるときに突然「トランプ切って」と言われ本当にハサミで切り刻んでしまったら驚かれてしまいます。このように言葉の意味は一つではありません。そして言語によって事象を説明する表現は全く違います。ただ暗記するだけでなく、些細な表現に疑問を持ち、知的好奇心から日本語を探求することが真の学びです。日本語をコミュニケーションツール、これから生きていくための道具として学ぶだけでは優れた学習者とはいえません。日本語の表現を通じて日本語母語話者の考え方や物事に対する捉え方を「学ぶ」こと。そのために私たちは双方向の授業を心がけ、生徒の主体性を養います。

わかる

 ビジネスの場面で使われる「検討してみます」は婉曲的なお断り表現として用います。それを知らなければ「検討の結果どうでしたか?」と再度聞いてしまうことでしょう。日本語は字義通りの意味で理解できない表現が多い上に、文脈から分かることを極力省いて核となる情報だけ言葉にするため「曖昧で分かりにくい言語」と評されています。しかし実際母語話者同士であれば話し手と聞き手の間にある共通認識が理解の支えとして機能するので意思疎通に支障をきたすことはありません。日本語学習者と日本語母語話者との間で起きるコミュニケーションエラーはこのような共通認識の欠落、文化的背景に対する理解度が低いことが一つの原因となります。日本語母語話者のコミュニケーション・スタイルを知り、正しく聞き取って意味を理解できればこのような認識の食い違いは防げます。防げずとも、言葉を介して認識のすり合わせができれば乗り越えられるでしょう。本校では表現方法や表現選択の力を伸ばしながらコミュニケーション・ストラテジーの指導も行い、「分かる」を実現します。

できる

 1から10まで足した数を計算するとき、その答えの導き方は人によって違います。1+2+3…と一つずつ足していく人もいれば、1+9、2+8…のように10になるペアを作って計算する人もいるでしょう。そもそも答えが55だと知っていれば計算することなく答えられます。このような現象は言葉を学ぶ人にとっても同じことが言えます。「あそこコーヒーを飲む」と「あそこコーヒーを飲む」、一体どちらが正しいのか。熟達した人は複数の語をひとかたまりとしてとらえ、表現全体を自在に使いこなすことができます。一方熟達していない人は翻訳しながら複数の語を文法にしたがって組み合わせるプロセスを経る必要があるため産出に時間がかかり、時に間違いを犯してしまいます。日本語を話すときに日本語で考え、思ったことが自然と口から出てくるようになるには、繰り返しその表現に接する以外方法はありません。産出の自動化を促すために私たちは実践的な場面と表現を多く扱い、「できる」を実現します。

1ヶ月特別プログラム

生活適応 × 基礎固め
 あおもり日本語学園では、入学生を対象に入学後1か月間、日本語の基礎と生活に関わる知識を学ぶための特別プログラムを行っています。初めて日本に来るにあたって日本語の心配、生活の心配などの多くの不安を抱えていることでしょう。本プログラムは基礎的な日本語と生活に必要な日本語を同時に学ぶことで異文化下の不安を払拭し、1か月後には独り立ちできる学生を育てることを目的としています。教室で学ぶだけでなく、積極的に街中に出て実践的なコミュニケーションをとり、基本的な意思表示、買い物のしかた、飲食店での注文のしかたに加え、最終的には道案内やアルバイトの面接もできるようになります。